ワタシモアナタトゴハンヲタベタイデス

 自分の生徒にサクランボは桜の木からできるの?って聞かれて、馬鹿じゃねーのかって思って、そんなわけねーだろって言いかけたとき、あれ?サクランボってどっからできるんだって思った。知らない。ここに来て散々お花見の文化を説明してきたのに、桜の木からサクランボができるのかどうかも知らない。桜の木からサクランボがなっているのを見たことないからたぶんできないんだろうけど自身がない。結論から言うと、「サクランボは桜の木からできる。しかし、桜の木からサクランボができる訳ではない」っていうこんがらがった回答がGoogle先輩からでてきた。つまりはサクランボは桜の木からできるんだけれども、観賞用の桜の木ではなくて、果実用の桜の木にできる実を育ててサクランボを作るらしい。明日どや顔で説明する。

 この村に来て2ヶ月で20人近い生徒に日本語を教えてきた。人生で初めて何かをしっかり教えるという経験をした。自分が学んできたものを教えるのであれば、そのまま教えればいいから簡単だけど、教わってきていない日本語を教えるのは難しいというか、何が正解なのか、何から教えればいいのか全く分からない。1人の生徒が教科書を買って持ってきた。訳の分からないことがたくさん書いてあった。「あいうえお→アイウエオ→安以宇衣於」って2ページ目にあった。これ覚えてどうするんだよ。しかも2ページ目でいきなり漢字は不親切すぎる。悪意がある。あいうえお表があって4ページ目からさっそく文法のページが始まっている。最初の分が「saya adalah karyawan.→私は会社員です。」だった。“生徒です。”にしてあげてよーーー。この教科書を使って勉強するのは生徒なんだからさー。なんでいつ使うか分からない会社員って言葉をいきなり出すんだよーー。親切心がなってないよ。編集者を見ると、インドネシア人と日本人が共同で編集したものだった。日本人加わってるんだから気づいてあげてよーって感じだった。

 教科書をパラパラめくると、これいつ言うんだっていう日本語がたくさんある。「私はあなたとご飯を食べたいです。」“一緒にご飯食べたいんだけど”みたいな、同じ意味の言葉は使うけど、こんなストレートな言い方だれがするんですかね。日常会話の中でこの意図を伝える表現はいくらでも使うけど、「私はあなたとご飯を食べたいです。」なんてたぶん言ったことないよ。普段自分たちが使わない日本語を教えてどうするんですかね。だから自分は初めて参加する生徒には必ず“まじやばい”を教えます。“やばい”を言っとけば形容詞には困らないって教えます。美味いも寒いもかわいいも暑いも臭いも早いもうれしいも“やばい”で収まります。

 日本人が日本語を教えるにあたってずっと思っていることがあります。それは日本人が外人に合わせて日本語を教えてはいけないということ。基本的な“こんにちは”でも外人が言うとなまっています。「こんにちは」がなまってたら他の日本語もなまってるに決まってるでしょ。流暢にこんにちはが言える外人って何人いるんでしょうかね。日本はもうアメリカと並ぶ世界のトップを走る国です。色んな国の人達が日本語の簡単な言葉を当たり前のように知ってたり耳にしたことのある時代です。それでもなお10年前と変わらずなまっています。できの悪い外国人です。

 ここで、なまったコンニチハを言われて日本人が一番してはいけないこと。それは外人に合わせてなまったコンニチハをあえて言うこと。これじゃぁ、一向に外人の日本語はよくなりません。右を左と教え続けられているんですから。

 「ワタシハアナタトゴハンヲタベタイデス。」「ワタシモアナタトゴハンヲタベタイデス。」こんな会話してたら外人のためにもならないし、自分の脳みそも腐りますよ。それに1度通じだからこれが正しいと思うでしょうね。だから外人は何回もこの間違ったイントネーションを使ってしまうでしょう。実際日本人に「ご飯一緒に食べたいんだけど」って言われて、「ワタシモアナタトゴハンヲタベタイデス。」って返事したら「やっぱり大丈夫です。」ってなりますよ。

 日本語が世界で話されるようになってきていることを自覚しなくちゃいけません。そして日本語を使って話しかけてきた外国人には、厳しい姿勢で対処しましょう。いい意味で厳しくしましょう。「私は会社員です。」なんていうつまらない日本語教えてどうするんですか。「だと思うでしょ?実はもう大学卒業して会社で働いてるんですよ。よく若く見られます!ははは」も内容は「私は会社員です。」と同じです。しかもこっちの方が使いますよ。ポイントは「ははは」の愛想笑い感ですかね。

Seiru Sato

Don't settle. 考え、行動し、発信する。 面白い話をたくさん出来た人生は楽しい人生と言える。

0コメント

  • 1000 / 1000